サッカー
2025/05/11
(最終更新:2025/05/11)

現在、フランスで活躍する日本代表の伊東純也をはじめ、サンフレッチェ広島の主将を務める佐々木翔、川崎フロンターレで売り出し中の三浦颯太らはいずれも無名の大卒新人としてヴァンフォーレ甲府に加入したタレントたちである。大学リーグでダイヤの原石を発掘してきた61歳の名スカウトは、また隠れた逸材を見つけたようだ。カテゴリーは関東大学3部リーグ。2026年度の加入内定が発表された城西大学の福元竣(4年、明星学園)とは何者なのか――。
スカウトの目を引き寄せた技術と落ち着き
緑のマウンテンパーカー。見覚えのある大きな背中だ。ヴァンフォーレ甲府の森敦スカウトは、味の素フィールド西が丘のスタンドで一般客に混じり、鋭い目をピッチに向けていた。春の陽気に包まれた4月5日、関東大学1部リーグの開幕戦を視察している合間に楽しそうに話してくれた。目の前でプレーする明治大学でもなければ、日本体育大学のことでもない。
「今度、うちに入る城西大の福元竣はいい選手ですよ。今季は3部リーグなんだけどね。サイズ(185cm、87kg)があって、がっしりしているセンターバック。最初の印象は“怪獣”だった」

柔和な笑みを浮かべながら回想する。2年前の春だった。愛知県の豊橋まで足を伸ばし、大学のプレシーズンマッチを数日間チェックすることにしていた。目当ては中央大学、中京大学、関西方面の大学だったが、初日から同じ会場に来ていた城西大も少し気になった。明くる日もグラウンドに足を運べば、偶然に出くわした。
「失礼な話ですけど、城西大が参加していることは知らなくて。でも、試合を眺めていると、選手みんなが一生懸命にプレーする良いチームなんですよ」
縁とは不思議なものである。その数週間後、茨城のフェスティバルでも城西大を見ることになった。当初の目的は違ったが、気づけば目で追っていた。周囲に話を聞けば、山梨県内の高校でプレーしていた良い選手がいるという。意識して見ていると、目にぽんと飛び込んできたのは東京・明星学園高校出身の福元だった。それ以来、森スカウトは城西大のグラウンドをのぞき、3部のリーグ戦もチェックするようになった。
「福元は大きいだけではなく、ヘディングもキックもきれいなんです。パス出しも素早くてスムーズ。普通は味方を探して、探して出すのに、彼は落ち着いて、いとも簡単にパスを預けていました」
1部リーグ屈指の相手エースを封じ込め、大番狂わせを演出
プロスカウトの視線に気づいていなかった当時の福元は、大学2年目でレギュラーをつかんだばかり。入学当初は3つある一番下のチームからスタートした。過去の経歴を見ると、目立った実績は一つもない。中学校時代は東京のFCトッカーノという街クラブでベンチ外、明星学園時代は1年時の都大会ベスト16が最高成績である。3年時は地区予選で負け、全国大会など夢のまた夢だった。城西大に入学できたのは、奇跡的に幸運を引き寄せたからだという。
「高校3年の新人戦1回戦で強豪の関東第一高校(のちに全国高校選手権ベスト4進出)と対戦し、そこに城西大のコーチだった今井光太郎さん(現・流通経済大学コーチ)が来ていたんです。僕は失うものはない精神で臨んでいました。自分ができる最大限のパフォーマンスを見せてやろうって。そこで、たまたま見つけてもらいました」
それから2年後――。2023年6月23日、総理大臣杯の出場権を懸けたアミノバイタルカップの3回戦。対戦相手は1部リーグ前年王者の明治大である。メンバー表を見ると、年代別日本代表の佐藤恵充(現・FC東京)をはじめ、岡哲平(現・FC東京)、中村草太(現・サンフレッチェ広島)ら知った名前がずらりと並んでいる。会場となった中央学院大学のグラウンドに明治大の大きな応援が響き渡るなか、福元は胸を躍らせた。
「わくわくして、かなり燃えていました。エースの佐藤選手を絶対に抑えて、明治を倒してやるぞって。自分がどれだけできるのかも試したかったんです。この大きな壁を越えないと、自分はプロにはなれない、と言い聞かせながらピッチに入りました。試合中は10番の佐藤選手の背中からずっと目を離しませんでした」
3部リーグで戦う無名の2年生センターバックは、見事に仕事をやり遂げた。のちにパリオリンピックに出場する1部屈指のストライカーをほぼ完璧に封じ込め、2-1の大番狂わせに貢献。指折り数えられるほどの小さな応援団と一緒に喜び、記念に撮影した写真はいまでも大事にしている。
「試合中に佐藤選手と収まっている写真もあって、すぐに保存しました。絶対にビッグになると思ったので。あのとき、一緒に戦えたことを誇りに思っています」
良い思い出だけではなく、次のラウンド16で国士舘大学に敗れ、全国行きの切符は逃した悔しさも残っている。「明治に勝ったのはまぐれだ」という声が耳に入り、何とも言えない気持ちにもなった。大舞台でブレイクする機会を逃したが、本人の知らないところで“本物”を抑えたセンターバックをしっかり見ている人はいた。

まさかのケガで甲府での練習機会を逃す
約3カ月前から追い続けていた森スカウトは、明治戦を一つの物差しにしていた。佐藤とのマッチアップに目を凝らし、千葉県の我孫子でひとり興奮を覚えたという。
「完全に抑えましたから。3部リーグの試合を見ながら、対戦相手のレベルが上がればどうなのかな、と思っていたんです。あの試合を見て、私の中で答えが出ました。これはすごい素材だぞって。どきどきしてね。ほかのチームが動く前に早く判断しないといけないなって」
城西大の東海林毅監督にすぐに承諾をもらい、甲府の練習に参加してもらう手はずを整えた。トントン拍子でことは進んでいく。そして、練習に参加する予定の前日。森スカウトのスマートフォンに着信が入った。電話口からは福元の沈んだ声が聞こえてきた。確認の連絡ではなかったのだ。
「城西大の練習で肉離れを起こしたみたいで。しかも、前日に……。まさかでしたよ」
森スカウト以上にショックを受けていたのは、夢を追う19歳だった。
福元はあの日のことは、今でもはっきりと覚えている。2年生の夏に練習参加の誘いが来るとは、つゆほども思っていなかった。明治戦にスカウトが視察に来ていることも知らなかったという。継続して見てもらっていたことに驚き、うれしさが込み上げた。だからこそ、太ももに痛みが走ったときは大きく落ち込んだ。「口には出していなかったのですが、入学当初からプロを目指してやってきて、やっとつかめたチャンスでした。それなのに……。めちゃくちゃ悲しくて、悔しくて。情けない気持ちになりました。森さんには『すみません』と謝るしかなかったです」

負傷は長引き、同シーズンの後期はそのまま欠場。3年生になってもケガを繰り返し、3回目の肉離れを起こしたときだ。病院で体のバランスを一から見直し、1レッスン1時間のピラティスを始めた。骨盤の傾きを修正していくと、体にも徐々に変化が表れる。ケガで休むことがなくなり、身のこなしも変わってきた。あの日以来、甲府からの連絡はなかったが、緊張感を持って練習に取り組んでいた。
高まる評価にスカウトはやきもき 本人の気持ちは一つ
「自分の中では、練習参加の話はもうなくなったと思っていました。紙一重なんだなって。そう思っていると、連絡が入ったんです」
1年半越しに静岡キャンプに呼ばれ、3年生の冬は万全のコンディションで向かった。念願の練習参加。うれしい反面、心配もあった。
「サッカーで生活している人たちなので、アマチュアの大学生が行くと、少しミスしただけで怒られると思っていたんです。プロは怖い世界なのかなって。身近ではなかったので、イメージがまったくできなくて」
いざチームに飛び込むと、想像した雰囲気とはまるで違っていた。甲府の選手たちには温かく迎え入れられ、要所で持ち味を発揮できた。ピッチ内では切り返しのスピード、“止めて蹴る”の技術、サッカーIQの面でプロとの差を感じたが、レベルの高い環境でプレーできる楽しさも覚えたという。
「周りの選手から『森さんに見つけてもらったの? それなら大丈夫だよ』と声をかけてもらいました。うれしかったですね。『やりたいようにやればいいから』と言ってもらえて、とても居心地良く過ごせました」
キャンプ参加から2日、3日経った練習試合では現場の監督、コーチ陣をうならせた。
森スカウトがあらためて感心したのは、的確なコーチングだった。プロの中に入っても物怖じせずに指示を出し、味方を動かしていた。「いい声が出ていました。現場の評価が高くて、最初のゲームが終わったあとに監督、チームスタッフたちに『オファーを出してほしい』と言われましたよ」

3年生の時期は様子を見ていたが、白紙に戻したわけではなかった。別のスカウティングスタッフも派遣し、静かに成長を見守り続けていた。9日間の帯同期間を終え、時間を置かずして、正式なオファーを出した。その数日後だった。福元は関東大学選抜Aに追加招集を受け、FC東京との練習試合に出場していた。現場で視察する森スカウトは、気が気ではなかったという。顔見知りのスカウト陣から「あの選手、やるね。どこの選手なの?」という声が聞こえてきたからだ。
「福元からまだ返事をもらっていなかったので焦りましたよ。さもほとんど決まっているような感じで『うちがオファーを出しているから』とアピールしました。内心はハラハラしていたんですけどね」
関心度の高まりを感じた森スカウトは、やきもきしながら連絡を待っていた。
「もっとハードに、もっとタフに」 成り上がりストーリーは続く
他クラブの反応をよそに福元は、すでに腹を決めていた。高校、大学の進路選びのときにも相談した両親とヒザを突き合わせ、結論を出した。
「2年生の頃から見てもらっていた甲府のために頑張りたい、僕を見つけてくれた森さんのためにも活躍したいって。親からは『自分でやりたいところでプレーするのが一番いい』と言われて、僕自身もそう思いました。人生を振り返っても、それでうまくやってきたので」
プロ内定をつかむまでの大学3年間は充実していた。1年生は最下層のBチームで下積み。強豪校やJユース出身の仲間たちにもまれながら、コツコツと努力を重ねた。
「最初は同期でも一番下のほうだったと思いますが、常にチャレンジャーの気持ちで練習してきました。エリート街道を歩んできたわけではないので、そのメンタル面が大きかったのかもしれません。僕はチームメートたちに成長させてもらったと思っています。強い相手とマッチアップする方が力を発揮できるタイプなので」
人生を変えるチャンスを逃さない勝負強さは、毎日の練習で育まれたものなのだろう。プロ内定選手の肩書を得ても、高校時代の教えである謙虚な姿勢を崩さない。大学のラストイヤーは2部リーグ復帰に全身全霊を注ぎ、城西大のゴールを死守していくという。
「まずは目の前の目標を達成したい。そうすれば、その先に見えてくるものがあると思います」
森スカウトに見いだされた多くのタレントが甲府からステップアップし、大成した例はもちろん知っている。さりげなく水を向けると、困った笑みを浮かべた。
「僕は性格上、大きなことは言えないんで。それよりも、何者でもない自分を見つけてくれた森さんに恩返しがしたい。まずは甲府で結果を出すしかないと思っています」

誰よりもプロでのブレイクを信じているのは森スカウトである。福元の将来性について聞くと、声を弾ませていた。
「まだまだ伸びしろがあると思いますよ。もっとハードに、もっとタフにプレーできるようになれば、また違ってくる。ここから、どのように変わっていくのかが楽しみです」
成り上がりストーリーの続きはいかに――。序章を知れば知るほど、期待を抱いてしまう。
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